若い頃の苦労は買ってでもすべきか

若者に対し年配の人が「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言うことがあります。その苦労は年を取ってから役に立つという理屈ですが、本当に「苦労」は役に立つのでしょうか。

無駄な苦労をする必要はない

私は、苦労はできるだけしない方が良いと思っています。世の中には無意味なことがいくらでもあるからです。

例えば暗算です。暗算チャンピオンという人がいるそうですが、コンピュータ技術が発達した現代ではそのような能力に意味はありません。計算はすべてコンピュータにやらせ余った時間を他のことに使えば良いのです。

以前、ある有名人が寿司職人の修行は無駄だと発言して賛否を呼びましたが、私も寿司職人の修行は無駄だと思います。どこかの寿司屋に弟子入りし何年もかけて非効率な学習をするくらいなら学校に通ってノウハウを体系的に学んだ方が良いと思うからです。

苦労と努力の違い

苦労と努力を混同する人が多いような気がします。苦労とは精神的・肉体的に苦しい思いをすることをいい、努力とは目的を実現させるために行動することを言います。

努力の過程で苦しい思いをすることはありますが、しなくても良い苦労はする必要はありません。苦労など買わなくても向こうから勝手にやってきます。

苦労を体験するとなにか大きなことを成し遂げたような気持ちになる人もいますが、それは錯覚です。ただ、苦しい思いをしただけで何も成し遂げていないのです。

人生は有限です。1日は24時間しかありません。役に立つかどうかわからない苦労を買ってでもする暇などないのです。苦労好きの老人の言うことを間に受けず最短距離で目的を実現させましょう。

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