人生の有限性について深く考えさせられることが増えてきた。年齢を重ねるにつれ、残された時間の少なさを実感するようになったためだ。この認識は、人生をより意識的に生きようという思いを強めている。
生と死の意識
しかし、日常生活の中で「死」という事実を忘れがちになる。これは深刻な問題だと考える。なぜなら、死を意識しないことで、貴重な時間を無意味に浪費してしまう可能性があるからだ。この課題に対する1つの解決策として、「メメント・モリ(死を忘れるな)」という考え方に注目している。
多くの人は死を、緩やかな衰退の末に訪れるものと想像する。確かにそういったケースも多いが、現実はより複雑だ。交通事故や自然災害による突然の死、予期せぬ事件に巻き込まれる可能性も常に存在する。つまり、死は年齢や健康状態に関係なく、いつでも訪れる可能性があるのだ。
日常における実践
この認識は、日々の生活に大きな影響を与えている。しかし、平穏な日々が続くと、その意識は薄れていく。つまらないテレビ番組を見たり、無駄な時間つぶしをしたりと、後悔するような時間の使い方をしてしまうことがある。
「明日できることは今日するな」という言葉がある。一見、怠惰を助長するような格言に思えるが、私はこれを「明日という保証はない」という警句として解釈している。確かに人生には長期的な展望も必要だが、同時に、今この瞬間を大切にする意識も重要だ。
具体的な対策
この問題に対処するため、私は具体的な対策を講じることにした。それは、メメント・モリを象徴する物を身の回りに置くことだ。最も一般的な象徴は「骸骨」である。指輪やTシャツ、フィギュアなど、様々な形で入手可能だ。また、「砂時計」も効果的な選択肢の1つだ。刻々と流れ落ちる砂は、私たちの有限な時間を視覚的に表現している。
高齢者の中には、毎朝目覚めることに感謝の念を抱く人がいる。この姿勢には深い洞察が含まれている。生きているという事実自体が貴重な贈り物であり、それを意識することで、一日一日をより充実したものにできると考える。
さいごに
メメント・モリの実践は、死を恐れることではない。むしろ、有限な時間を意識することで、より豊かで意味のある人生を送るための指針となる。