日常生活からビジネスに至るまで、私たちは常に「選択」を迫られている。ランチのメニュー選びから数億円規模の投資判断まで、意思決定の大小はさまざまだ。その中で、できるだけ合理的な選択を導くための枠組みとして注目されてきたのが「期待効用理論」である。
期待効用理論とは何か
期待効用理論は、不確実な状況における意思決定を説明する経済学と意思決定理論の基礎的な考え方である。人は単に「期待値の大きさ」で判断するのではなく、結果に対する主観的な価値である「効用」を加味して選択すると考える。
- 効用(utility):結果から得られる満足度や価値の大きさ
- 期待効用(expected utility):効用 × 成功確率
この計算によって、それぞれの選択肢にどの程度のメリットがあるのかを数値化できる。
投資の例
100万円を投資資金として、A社とB社の株どちらかを選ぶ状況を想定する。
- A社株:80%の確率で10万円の利益 → 期待効用 = 10万円 × 0.8 = 8万円
- B社株:1%の確率で100万円の利益 → 期待効用 = 100万円 × 0.01 = 1万円
この場合、期待効用が大きいA社株を選ぶのが合理的だと説明できる。単純な「夢を追う選択」ではなく、数値的に根拠のある判断を下せるのが理論の特徴である。
期待効用理論の活用場面
期待効用理論は投資以外にも幅広く応用できる。
- ビジネス戦略:新規事業への投資リスクを数値化して比較
- 日常生活:保険への加入、旅行の目的地選び
- 政策決定:リスクと利益のバランスを考慮した公共事業の評価
特にリスクを伴う状況で、感覚や勘に頼らず合理的に判断する指針として役立つ。
理論の限界と批判
理想的に見える期待効用理論にも、現実ではいくつかの制約がある。
- 完全情報の欠如:選択肢のすべての確率や影響を正確に把握するのは不可能に近い。
- 計算の複雑さ:現実の意思決定は要因が多く、単純計算では済まない。
- 効用の主観性:同じ金額でも人によって価値が違うため、数値化が難しい。
- 時間的制約:緊急の判断では理論通りの計算を行えない。
このような理由から、現実の意思決定では理論通りに進まない場面も多い。
補完する理論:限定合理性と満足化原理
経済学者ハーバート・サイモンは、人間の意思決定は理論上の合理性に従うのではなく「限定合理性」の中で行われると指摘した。
- 限定合理性:人は情報処理能力や時間に制約があるため、完全な合理性を実現できないという考え方。
- 満足化原理:最適解ではなく、一定の基準を満たす「十分に満足できる解」を選ぶ傾向。
この考え方を踏まえると、現実の意思決定は必ずしも最大の期待効用を追求するのではなく、現実的に取りうる範囲での妥協が重要になる。
プロスペクト理論との比較
行動経済学の分野では、期待効用理論を補う概念として「プロスペクト理論」が注目されている。これは、人が利益よりも損失を過大に評価する「損失回避性」を前提とする理論である。例えば、100万円を得る喜びよりも100万円を失う痛みの方が心理的に大きく働く。このような心理的要因は、期待効用理論だけでは説明しきれない人間の行動を理解する上で重要である。
まとめ
期待効用理論は、不確実性を含む状況で合理的に意思決定を行うための強力なフレームワークである。ただし、理論は万能ではなく、現実には情報の限界や人間の心理的バイアスが作用する。そのため、限定合理性やプロスペクト理論を組み合わせて考えることで、より現実的で実践的な意思決定につながる。
読者自身も日常やビジネスで判断を迫られるとき、「どの選択肢の期待効用が高いのか」「どこまで満足できればよいのか」と問い直すことで、感覚に頼らない合理的な選択ができるようになるだろう。